大阪大学RI総合センター同位体化学研究室

研究

当研究室では、放射性元素およびそれらと関連する元素についての有機化学・錯体化学的な手法を用いた合成化学研究、ミュオンをもつ原子の性質に関する基礎研究とその分析化学的な応用研究、福島第一原子力発電所事故に関連した放射性物質の環境動態に関する研究、及び核医学治療のためのアスタチン及び他の核種の化学分離手法開発と、放射性物質及び関連する安定元素関する多岐に渡る研究をおこなっています。

レニウム、テクネチウム錯体の発光に関する研究

テクネチウムとレニウムは周期表の第7族の遷移金属元素です。テクネチウムは、体内の画像診断をする放射性医薬品として良く用いられています。しかしながら特定の形の化合物以外の研究はほとんど行われておらず、他の金属元素に比べると錯体化学的な研究はあまり進んでいません。

当研究室では、ニトリド窒素が配位したテクネチウムで初めての発光を示す錯体の合成に成功しました。また同族のレニウムの錯体についても研究を行っており、この錯体が蒸気や粉末混合に応答して発光することを発見しました。現在様々な有機化合物を配位させたレニウム錯体の発光について研究を行っています。またレニウムが6つ集合したクラスターと呼ばれる化合物の発光及びその発光エネルギーを利用した研究についてもおこなっています。

α線を用いたガン治療薬のための新しい配位子の開発

特定の部位に集積する放射性化合物を使いガンなどの検出や治療が行われています。その中でも、α線を放出する核種の医学利用が非常に期待されています。 α線は飛程が短いため、ガンに集積させれば、周囲の正常な細胞への影響が少ない有効な治療剤になります。

Ra-223およびその壊変核種は半減期が短く、安定なPb-207になるまで、何回もα線を放出するため、非常に効果的です。2価のRaイオンは骨に集積する性質があり、実際にRa-223を用いた治療薬が臨床利用されています。一方で、Raはイオン半径が極めて大きく、適切なキレート配位子が無いために、更なる応用がしにくい状況にあります。当研究室では、Raを安定にキレートする配位子を新たに合成することを目的に研究を進めています。

ミュー粒子原子形成過程についての基礎研究

加速器施設で利用できる量子ビームの一つ、ミュー粒子は電子と同じ負の電荷と200倍の質量を持っています。ミュー粒子は負電荷を持っているので、電子と同じように原子核の周りに原子軌道を作り、奇妙な原子、ミュー粒子原子を作ります。ミュー粒子原子の形成過程は、ミュー粒子を捕獲する原子の化学状態により大きな影響を受けることが知られています。当研究室では、ミュー粒子がどのように原子に捕獲されるのか、捕獲された後にどのようなことが起こっているのかについて調べています。

ミュー粒子を利用した新しい元素分析法の開発

ミュー粒子原子からは、ミュー粒子の軌道間遷移により「ミュー粒子特性X線」が放出されます。ミュー粒子は電子の200倍重いため、ミュー粒子特性X線は電子遷移に由来するX線よりも200倍高いエネルギーを持っています。このような高いエネルギーのX線は、高い物質透過能を持つために、これを利用して、考古物などの貴重な物体に対する非破壊元素分析研究を進めています。

福島第一原子力発電所事故で放出された放射性核種の分析

2011年に起こった東京電力福島第一原子力発電所の事故により、様々な放射性核種が環境中に放出されました。私たちは放射性核種がどのように放出されたのか、現在どのように移動しているのかについて研究をしています。特に土壌などの環境試料について、放射化学的な手法を用いて、測定することが難しい90Srや239Pu, 240Puに注目した分析研究を行っています。

アスタチン-211の乾式分離精製と分離後水溶液中化学種の検討

近年、癌に対するα線核種を用いた核医学治療の研究が盛んに進められており、候補核種としてアスタチン-211(At-211)が大きな注目を集めています。At-211はサイクロトロン用いてビスマス(Bi)ターゲットにヘリウム-4ビームを照射することで国内製造が可能であり、利用に際してBiターゲットから分離精製する必要があります。分離法として乾式分離法が広く用いられていますが、Atは半減期が短い放射性同位体しか存在しないことから化学的性質に不明な点が多く、さらに複雑な化学挙動を示すこともあり、乾式分離における分離収率が不安定になる場合が多いです。臨床利用においては、安定的に高収率でAt-211の乾式分離を行う必要があり、我々はAt-211の乾式分離の高度化を検討しています。また、Atを治療用の薬剤に標識するためには、Atそのものの基本的な性質を明らかにしておくことが重要です。我々は乾式分離後のAt-211の水溶液中での化学種について、キャピラリー電気泳動法等を用いた検討も行っています。

ウランが集合したウラニル多核錯体の合成と反応に関する研究

地層処分の安全性の観点から、浅い地層の地下水が示す弱酸性条件でのウランの化学的な挙動について良く知る必要があります。弱酸性条件では、ウランは加水分解反応を起こし、単核、複核、三核のウラニル錯体が生成するともに、それらと酸が反応して化学的挙動は複雑になっています。また、各化合物には、反応できる箇所が多数あることも、その化学反応を詳細に知ることを難しくする要因です。

我々は、反応を単純化できるモデル化合物を用いて、ウラニル同士を架橋している部位へのプロトン付加・脱離反応をNMRを用いて定量的に反応追跡し、その反応が極めて起こりやすいことが分かりました。

ウランの酸化還元に伴う動的挙動の変化

アクチノイドとランタノイドは周期表ではf-ブロックの元素群に属します。ランタノイドはプロメチウムを除いて全てに安定元素が存在しますが、アクチノイドは全て放射性元素です。また、ランタノイドは一部の元素を除いて、ほとんどが+3価の酸化数のみ安定に存在します。ランタノイドではf軌道の電子は内殻に局在化しているため、配位子が中心金属に及ぼす影響は極めて小さいと考えられています。一方、アクチノイドの前半部分の元素(アクチニウムからプルトニウム)はf電子が外殻にも存在するため、これらの元素の中には酸化還元活性なものがあることが知られています。またf電子が外殻にも存在するため、中心金属イオンが配位子の影響を受けると考えられています。

当研究室では配位子場によるf-ブロック金属の影響を調べるため、+4価と+5価のウランをもつ八配位錯体2種類を合成し、それぞれの錯体の構造異性体を初めて単離・構造決定することに成功しました。

使用済核燃料からのアクチノイド、ランタノイドの分離・回収に関する研究

アクチノイド群の真中あたりに位置するアメリシウムやキュリウムは+3価の酸化数が安定です。これらのアクチノイド元素は、使用済み核燃料に含まれており分離するのが難しく、これらを分離することは重要な課題です。

当研究室では、これらを効果的に分離するための新しいキレート配位子を合成するとともに、それらを用いたアクチノイド同士の分離挙動、ランタノイドとアクチノイドの分離挙動を調べています。また、分離の際の化学種を同定する目的で、これらの配位子が結合した錯体をランタノイドを用いて合成し、その構造を調べています。

 

ページトップへ