核医学治療法に関する研究
アスタチンを用いたアルファ線核医学治療法の研究開発
現在、日本ではアスタチン211(211At)という半減期7時間の短寿命RIを用いた核医学治療研究が精力的に行われています。大阪大学では、医学系研究科、理学研究科、核物理研究センター、放射線科学基盤機構が連携して研究開発を進めており、さらにベンチャー企業とも連携する形で世界トップを走り続けています。2024年現在、我々共同研究チームが開発したアスタチン化ナトリウム薬剤による甲状腺がんの医師主導治験が医学部附属病院で進められており、大きな注目を集めています。また、二剤目、三剤目となる新たな薬剤の開発をチーム一丸となって進めています。
アルファ線は高エネルギーのヘリウム原子核であり、物質中では短距離で止まる性質を持っています。そのため、細胞中にあるアスタチンから放たれるアルファ線は、ほぼ細胞1個分で停止し、その過程でその細胞を破壊します。これを利用し、狙ったがん細胞に集積する薬剤にアスタチンを化学的に結合(標識)させ、体内投与後に腫瘍に集積させる事で、がん細胞だけを効率的に破壊することができます。これをアルファ線核医学治療と呼んでおり、近年は欧米や日本で開発が進められています。
本研究室では、211Atの新しい標識法や標識化合物の開発、気相や溶液中の211At化学種の研究、あるいはサイクロトロン加速器を用いた211Atの製造法開発などを進めています。
アスタチン化ナトリウム、[211At]NaAtを用いる医師主導治験への展開
アスタチン化物イオン(211At)は甲状腺がん細胞に特異的に取り込まれます。この性質を利用して、[211At]NaAtを用いる甲状腺がんの治療を目的とする医師主導治験が、大阪大学附属病院(核医学診療科)で2021年12月に始まりました。
アスタチンはヨウ素と同じハロゲン元素のひとつです。甲状腺ホルモン(チロキシン等)はヨウ化物イオン(I-)を原料として生合成されます。I-は甲状腺がん細胞膜に発現されるヨウ化ナトリウム共輸送体(NIS)を介して細胞内に取り込まれます。ベータ線放出核種であるヨウ素-131(131I)は、甲状腺がん治療薬として1940年代から用いられており、今なお手術後の標準治療に位置づけられています。優れた治療効果を発揮しますが完治は容易でなく、難治性の甲状腺がんに至るケースも少なくありません。
211Atも同様にNISを介して細胞内に取り込まれ、アルファ線を放出してDNAの二重鎖を高頻度に切断し(Double Strand Break)、がん細胞を殺傷します。甲状腺がんモデルマウスに[211At]NaAtを静注すると(0.1~1 MBq)、用量に依存してがんの増殖抑制効果が認められました[1]。アルファ線の治療効果はベータ線の数倍から10倍と予測されます。
アスタチンの製造、基礎科学研究
アスタチンはSegre等が1940年に発見した新元素で、彼らは甲状腺疾患の治療に有用であることを当時から予見していました。その後、断続的に研究が行われましたが、アスタチンを用いる医薬品はまだ実用化されていません。その理由のひとつとして、アスタチンの安定同位体が存在しないため、物理的性質や化学的性質が十分に解明されていないことが挙げられます。
アスタチンはヨウ素と比べて化学的に酸化しやすいことが知られています。そこで本研究室では、弱塩基性のアスタチン水溶液にアスコルビン酸を加えて安定なアスタチン化物イオン(211At-)を注射用医薬品グレードとして無菌的に調製することに成功し、病院内の治験薬GMP施設に技術移転しました。同医薬品の物理化学的性質は、薄層クロマトグラフィー(TLC)、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)、質量分析(LCMS, ICP-MS)、電気泳動法、NMR、UV及びIR等に各種放射線検出器を組み合わせて多角的に検討しています。
アスタチン標識基盤技術の研究
アスタチンはハロゲン元素のひとつで、低分子や中分子に共有結合で導入可能です。本研究室では、ボロノ基とアスタチンの求電子置換反応により211At標識化合物を合成する方法を確立しました[2]。図4に[211At]PSMA5の標識反応を例示します。前駆体(1~10µg)にヨウ化カリウムの存在下で211Atを加えると、水溶液中で効率よく211Atが置換されます。この反応は有機溶媒や金属等の有害物質を一切使用しませんので、医薬品の製造に適しています。[211At]PSMA5は、前立腺がんの治療薬として非臨床試験が終了し[3]、第1相 医師主導治験が令和6年度6月から開始されました。
- [1]Watabe T, Kaneda-Nakashima K, Liu Y, Shirakami Y, Ooe K, Toyoshima A, Shimosegawa E, Fukuda M, Shinohara A, Hatazawa J. Enhancement of 211At Uptake via the Sodium Iodide Symporter by the Addition of Ascorbic Acid in Targeted α-Therapy of Thyroid Cancer J Nucl Med 2019 Sep;60(9):1301-1307. doi: 10.2967/jnumed.118.222638.
- [2]Yoshifumi Shirakami, TadashiWatabe, Honoka Obata , Kazuko Kaneda , Kazuhiro Ooe, Yuwei Liu , TakahiroTeramoto , AtsushiToyoshima , Atsushi Shinohara, Eku Shimosegawa , Jun Hatazawa, Koichi Fukase. Synthesis of [211At]4-astato-L- phenylalanine by dihydroxyboryl astatine substitution reaction in aqueous solution Scientific Reports 2021; 11:12982. doi.org/10.1038/s41598-021-92476-6
- [3]Tadashi Watabe, Kazuko Kaneda Nakashima, Yoshifumi Shirakami, Yuichiro Kadonaga, Kazuhiro Ooe, Yang Wang, Hiromitsu Haba, Asushi Toyoshima, Jens Cardinale, Frederik L. Giesel, Noriyuki Tomiyama, Koichi Fukase. Targeted α therapy using astatine 211At labeled PSMA1, 5, and 6: a preclinical evaluation as a novel compound. Eur J Nucl Med Mol Imag 2022; https://doi.org/10.1007/s00259-022-06016-z.
スカンジウムを用いたベータ線核医学治療法の研究開発
日本では211Atを用いたアルファ線核医学治療研究が多くの大学や研究所で行われていますが、それと同時に、ベータ線による核医学治療では、ルテチウム-177(177Lu)という短寿命RIが世界的に注目を集め始めています。海外では、アルファ線核医学治療の前に、よりマイルドな効き目のベータ線放出RIが安全性の観点から用いられており、我が国でも同様の流れとなると予想されます。しかしながら、177Luは原子炉を用いて製造されるため、日本で自国生産するのは難しいと言えます。そのため、本研究室では、加速器を用いて製造可能なベータ線放出RIスカンジウム-47(47Sc)に着目しています。その原子核の半減期やベータ線エネルギー、そして化学的性質は177Luに類似しており、将来的には177Luに代わる国産のベータ線核医学治療RIとなり得ると考えています。
現在、東北大学電子光理学研究センターとの共同研究により、47Scの電子光加速器を用いた製造法や分離精製法、化合物標識法の研究を進めています。近い将来、医学系研究科や理学研究科と共同で動物実験による薬効薬理試験や安全性試験を開始する計画です。将来的には医師主導治験の実施を想定しています。
放射化薬剤の研究開発
がん治療などに用いられるドラッグデリバリーシステムでは、体内での分布を制御して病巣に効率よく薬剤を届ける事で、治療効果を最大に高め、副作用を最小に抑えることができます。現状、切開することなく薬剤の集積と治療効果を同時に評価する事は難しいのですが、薬剤を放射化して(RIにして)、放出されるガンマ線をイメージングする事ができれば、薬剤の集積や体内動態を可視化できる新たなツールとなり得ます。
上記の放射化イメージングシステムの確立に向けて、原子炉の中性子を用いたシスプラチン(白金錯体)やガドリニウム錯体など既存の薬剤あるいは金ナノ粒子の放射化や放射化に伴う化合物変性分析などの研究を行っています。これらの放射化薬剤を用いた動物実験やイメージングは、先進アイソトープ診療学共同研究部門ならびに早稲田大学片岡研究室との共同研究で行っています。イメージングは、片岡研究室で開発した、小型で解像度が高く、広いエネルギー範囲のX線・ガンマ線を同時にイメージングできる革新的カメラを用いています。
福島県浜通り地区の復興や福島第一原子力発電所(1F)の廃炉に関する研究
2011年3月11日、東北地方太平洋沖地震が発生し、東北地方から関東地方までの太平洋沿岸を襲う大きな津波が起きました。福島第一原子力発電所(1F)では、津波によって電源や設備が失われたため継続して冷却する事ができず、稼働中であった1~3号機の核燃料が高温となって周辺の構造物と共に崩壊しました。また、セシウムやヨウ素など一部の放射性物質は外部環境に放出され、福島県を中心とする土壌を汚染しました。1~3号機には、核燃料が冷えて構造物と共に固まった燃料デブリが残っていますが、放射線量が非常に高いため、状況調査さえ満足に進んでいません。
1F廃炉に向けたアルファダストのリアルタイムモニタリング法の開発研究
廃炉とは原子炉を廃止して解体することですが、2011年の事故以来、国や東京電力などにより総力を挙げて1Fの廃炉作業が進められています。その中でも、原子炉の中に残っている燃料デブリを取り出す事が、最も困難な取り組みと言えます。最初の取り出しは、水素爆発を起こしていない2号機で試験的に行われる計画ですが、取り出し口付近は放射線量が高く、人が近づく事が難しいため、様々な調査がロボットなどを用いて行われています。
燃料デブリを取り出す際には、原子炉の外にデブリを出せるように小さく切削する必要がありますが、切削によってUウランやPuプルトニウムなどの放射性物質を含んだ放射性ダスト(微粒子)が発生すると考えられています。そのダストれが外部に漏れないよう、取り出しロボットを搬入できる隔離部屋を取り出し口に接続して作業を行う設置する準備が進められています。
本研究室では、発生した放射性微粒子を素早く検知し、外部への飛散を防ぐことができるよう、新たな分析法の開発を理学研究科附属フォアフロント研究センターの豊田研究室と共同で行っています。この手法では、単一微粒子質量分析計(ATOFMS)と呼んでいるオンライン質量分析装置を用い、空気中にある微粒子一個一個に含まれる元素や分子をその質量から判別し、ウランやプルトニウムを検出します。現在、レーザーアブレーションにより模擬的なウランダストを作り出し検出試験を行っています。
放射性セシウムを食餌した天蚕の研究
1Fのある福島県浜通り地域は、甚大な原子力災害に見舞われました。国による除染活動によって徐々に復旧がなされており、当初、避難指示が出された市町村でも少しずつ避難指示が解除され、住民の帰還が始まっています。
しかしながら、強制的な移住によって生活インフラや産業機構が寸断されてしまった傷跡は大きく、帰還の足取りは重いのが現状です。また、福島県はもともと農業が盛んな地域でしたが、放射線汚染の風評により収穫された農作物が忌避されることや他地域よりも安く買いたたかれるなどの被害も続いています。
風評被害は必ず解決しなければならない問題ですが、明確な解決方法はありません。
科学リテラシーの涵養を待つほかが無いのが現状です。
本研究では、福島復興の一助として、「天蚕(ヤママユガ)」を福島県浜通り地区の新たな地場産業として振興することを目指しています。現在、残念ながら食物に対する風評被害は免れることが難しいため、口に入れる事はない絹糸に着目しました。
ヤママユガが産出する絹糸は、美しいエメラルドグリーンで保温性や耐紫外線性に優れており、高価で取引されています。
セシウムなどの放射性物質で汚染された葉をヤママユガ幼虫の餌とした場合は、幼虫に放射性物質が取り込まれることが予想されますが、取り込まれた放射性物質の体内動態はわかっていません。代謝などで排出されて繭(絹糸)には含まれない可能性も考えられます。
本研究では、ヤママユガ幼虫の体内にセシウムを取り込ませ、その体内動態を明らかにすることを目的としています。繭(絹糸)に放射性物質が含まれないのであれば、絹製品の安全性を実証でき、繭(絹糸)に含まれてしまうならば、その放射性物質の繭への移行を防ぐ方法を新たに確立したいと考えています。